東京大学「都市未来再生デザインセンター」での講演に基づく。
このブログは、2026年5月14日に東京大学住宅都市再生研究センターで行われた講演内容を再編集したものです。
少子化、高齢化、そして若者の大都市圏への集中。こうした動きは、OECD諸国の地域や都市のあり方を大きく塗り替えています。これは、日本にとっても身近な話題です。
過去20年以上、日本では他地域から東京圏への転入者数を、転出者数が毎年平均10万人を上回ってきました。継続的な首都地域への国内純流入として、OECD諸国の中でも最大規模の例です。また、2000年以降、東京圏以外のほとんどの道府県で人口減少が進んでいます。そして、若者、特に若い女性が、より多くの機会を求めて地方都市から大都市圏へと移り住んでいます。
しかし、東京が日本の問題なのではありません。むしろ東京は、日本にとって大きな強みのひとつです。イノベーション、文化、金融、起業の世界的な拠点として、過去20年間、日本のGDP成長の半分近くを支えてきています。世界でも屈指の成功した大都市圏である東京は、これからも日本の豊かさに欠かせない存在であり続けるでしょう。
だからこそ問うべきは、東京の魅力をどう抑えるかではなく、東京以外の地域をどうすればより魅力的にできるか、ということなのです。
日本経済の長期的な未来は、地方が「仕方なく離れる場所」ではなく、「ここで暮らし、人生を築きたい」と人々に選ばれる場所になれるかどうかにかかっています。これは、地域の活力だけの問題ではなく、日本経済全体に関わる課題なのです。
日本の生産性はG7で最も低い水準にあり、まだ十分に活かされていない成長の余地の多くが東京の外にあります。OECD諸国では、大都市や中規模都市を抱える地域は、そうした都市を持たない地域に比べて、生産性が20%以上高い傾向にあります。しかし日本では、その差は約11%にとどまっています。これは、東京以外の都市に、まだ十分に引き出されていない可能性が残されていることを示しています。
日本の人口動態上の課題は、地理的な構造とも深く関わっています。日本の合計特殊出生率がOECD諸国の中でも最も低い水準にある中、若者が多く集まる首都圏では住宅費や生活費の負担も大きく、子どもを持つことの難しさにもつながり得るでしょう。
一方で、明るい材料もあります。日本には、今後の取り組みの土台となる大きな強みがあります。多くの国々が地方の衰退に直面しているのとは異なるのです。日本には、世界水準の製造業、高度な技能を持つ人材、そして強固な公共制度があります。加えて、地域間格差が非常に小さいという特徴もあり、OECD諸国の中でも、日本は一人当たりGDP、雇用、健康面における地域間の差が最も小さい国の一つなのです。
つまり、日本における地域活性化を考えるうえでは、地域間の格差を埋めることだけに重点を置く必要はありません。むしろ、既に存在する強みを活かし、全ての地域が成長し、繁栄する機会を持てるようにすることが重要でしょう。
では、同じような課題に向き合う他のOECD諸国の経験から、日本は何を学ぶことができるのでしょうか。
第一の教訓 全ての地域が自らの強みを見極め育てていく必要がある
ある地域では、それが先端製造業や大学・研究機関かもしれません。別の地域では、観光、再生可能エネルギー、文化産業、食料生産、あるいは医療・介護サービスを軸に発展していくことも考えられるでしょう。
地域は今や、投資だけでなく人材をめぐっても競争しています。若い働き手は、その地域で手頃な価格の住宅を見つけられるか、質の高い学校があるか、利用しやすい保育サービスがあるか、緑地や活気ある文化的な生活を享受できるかを見ています。最も成功している地域は、経済的な機会と生活の質を両立させることで、人材と投資を引きつける地域の魅力を築いているのです。
第二の教訓は、地域の中核となる都市にもっと目を向けること
日本では、東京か、いわゆる農村地域か、という両極に注目が集まりがちです。しかし、日本の大きな可能性の多くは、その間にある都市にあります。
OECD諸国では、こうした地域の中核となる都市が、地域成長の原動力として存在感を高めています。イノベーション、専門的なサービス、雇用を集積させながら、周辺の町や農村地域とも密接につながることで、地域全体の成長を支えています。すべての人が大都市圏へ移り住まなくても、こうした都市は、地域が競争力を持つために必要な規模と機能を提供しているのです。
例えば、岡山市、広島市、宇都宮市のような都市は、大学、産業クラスター、交通インフラなど、より広域の地域経済を支えることのできる重要な資産をすでに備えています。適切な投資とガバナンスがあれば、これらの都市は、人材、起業、イノベーションを引きつける拠点となり得るでしょう。
第三の教訓 地域活性化は地域企業にかかっている
世界経済は今、それぞれの地域の強みを活かして産業を育てる政策、すなわち「地域に即した産業政策」(place-based industrial policy)の時代に入りつつあります。OECD各国の政府は、半導体、バッテリー、AI、その他の戦略産業に大規模な投資を行っています。その目的は、単に国全体の競争力を高めることだけではなく、地域の成長拠点を生み出すことにもあります。
日本の「地域未来戦略」も、こうした流れを反映したもので、日本各地に新たな産業クラスターを創出することを目指しています。しかし、大規模な半導体工場やバッテリー工場を誘致するには、強固な地域のサプライチェーンとイノベーション力が欠かせません。つまり、注目を集める大企業だけでなく、中小企業や起業家も同じくらい重要なのです。
一方で、日本のイノベーションは依然として大企業と大都市に大きく集中しています。多くの中小企業では、研究開発投資やデジタル技術の導入が遅れており、OECD諸国の中でも、中小企業によるAI導入率は下から3番目の低さにとどまっています。地域の企業同士のつながりを強め、地元の中小企業や起業家が新たな産業の担い手になれる環境を整えなければ、地域に即した産業政策は期待された効果を発揮しにくくなります。
最後の教訓 地域活性化の取り組みには、変化を支える「ソフト・インフラ」への投資も欠かせない
新しい建築物や高速通信環境が整っているのに、その地域がどこか活気を欠いているように感じられることはありませんか。成功する変革には、制度や施設を整えるだけでなく、変われるという信念、地域への誇り、そして進むべき方向を分かち合うことも必要なのです。
OECD諸国における最も成功した地域変革の中には、新しい鉄道や税制優遇の導入ではなく、地域のリーダーたちが自分たちのコミュニティにとって説得力のあるビジョンを描いたことから始まったものがあります。そして、大学、企業、市民団体、地方自治体のいずれにも、住民が「変われる」と信じられるよう後押しする役割があります。
日本には、その信念を育むための非常に豊かな地域資源があります。どの地域にも、他の場所では真似のできない独自の伝統、景観、食文化、ものづくりの技、文化遺産があります。こうした資源は、観光客を呼び込むためだけのものではありません。地域の誇りを育み、人々が暮らしたいと思える場所をつくるための基盤にもなるのです。
地域活性化とは、究極的には「選択肢」を取り戻すこと
欧州では近年、政策担当者の間で「住み続ける権利」という考え方が広がっています。若者が、自分の故郷と呼ぶ場所を離れなければならないと感じることなく、充実したキャリアを築けるようにするという考え方です。人の移動(国内の移住)はこれからも重要であり続けます。しかし、移住は必要に迫られてではなく、機会に基づく選択であるべきです。
日本の地域活性化の取り組みは、まさにこの志を体現しています。それは、21世紀の繁栄が、どれほど成功しているとしても、一つの大都市圏というエンジンだけに頼ることはできないという認識に立つものです。
東京はこれからも発展し続けるでしょう。今問われているのは、日本のすべての地域が、東京とともに繁栄する機会を持てるようにすることです。
